この間のしくじり先生で不覚にも号泣。

しくじり先生 森本稀哲の回

その話のなかで一番心に響いたのは、幼少期に彼がなぜ野球を始めたのか?という過程でした。

簡単に説明すると、

  • もともと父親の勧めでサッカーを始めた稀哲さん。
  • 近所にあるのは野球チームばかりでサッカーチームがなかったため、地元とは違う町のサッカーチームに入っていた。
  • 地元の小学校ではみんな仲良く、誰も稀哲さんの髪のことを気にする人はいませんでしたが、地元を離れるとやはり違う目で見られ孤立しつらかった。
  • そこへ地元の友達が「野球をやろう」と誘ってくれ、サッカーをあきらめ野球をはじめることに。野球はずっと帽子をかぶってプレーができる!野球で実力を出せれば、誰も文句は言わなくなるということを知った彼は熱心に野球に取り組んだ。
  • 結果、高校野球では知らない人はいない帝京高校で主将を務めるまでになり、プロ野球に入団。

私の同級生のお兄さんも同じ病気でした。子供のころはツライですよね。。

野球に取り組み、自らのチカラで自信を勝ち取って成長してきた強さ。

だからこそ、私は常々コンプレックスのある人は人間らしく、愛すべき人と思っています。

 

認められるから優しくなれる

この回のお話で、稀哲さんの努力のほかに心をうたれたのは「新庄のやさしさ」でした。

コンプレックスを払拭するかのように野球で実績をあげ、強い精神を持つ(本人いわく頑固だった)にいたった稀哲さん。そんな彼の頑なな心を溶かし、さらに人間的に進化させたのが新庄さんでした。

一緒に行動を共にし、「札幌ドームを満員にする」という彼のミッションに巻き込むことで、稀哲さんという人を認めているということを示したんだと思います。お客様に喜ばれる、チームが盛り上がるというWIN-WINな衝撃体験はさぞかし痺れたことでしょう。

この理解し、理解されるという経験を経たことで、稀哲さんの成功は個人的な成功から公の成功へと進化していきました。

それを意図的?に導きだした新庄。やっぱりとてつもなく優しい人だと思うのです。

これは愛だ。

 

コンプレックスが人をつくり、理解が愛を生む。

人はだれしも完璧ではありません。みんな何かしらコンプレックスを持っているはず。

私もあります。でもそれが今の自分を構成している大事な要素だと、今なら言えます。

自分を認めることができたからこそ、人を認めることができる。

そして一緒に、みんなで成功する。

そんな美しい姿を、しくじり先生から学んだのでした。