6月21日 豊島区の金剛院さんで行われた「死の体験旅行」を体験してきました。

死の体験旅行に関してはコチラに書いています。

エンディングノートを書く前に体験しておきたい!「死の体験」ワークショップ

以前にぜひ体験したいと書いていたこのワークショップ。

本当に大人気ですぐに完売してしまうんです。私も最後のひと枠にギリギリ滑り込めました。

具体的な内容は詳しく書きませんが(できれば体験してほしいので)、私の感想を書いてみたいと思います。

 

私は何を期待していたのか?

終活カウンセラーを名乗り、「人生のエンディングを考えることを通じて”自分”を見つめ、”今”をよりよく、自分らしく生きる活動」をというものの、

本当に最期の時に、人は自分はどう思うのかはわかりませんでした。なので最期に人は何を思い、どんなふうに迎えるかを知りたかったのです。

日々終活のことを考えているので、自分はその状況を理解できている、冷静な判断ができるはずと確かめたかったのかもしれません。

 

何を感じ、思ったのか?

このワークショップでは、死に向かってのストーリーが展開されシミュレーションをしていきます。

期待していた以上のいろんな感情や思いが浮かびました。

意外と冷静でいられたのも今は自分のやりたいことをしている状態なので、その点では後悔が少なったかったからだと思います。

■私の大切なものの傾向

死にゆくとなったとき、何が大事なものとして残るか?を考えました。

使命感、自分にとって心地の良い場所、絵や着物などの文化的なもの

友人よりは同志と作り上げていく場所や思いのほうが自分にとっては重要なのだと感じました。終活やパーソナルカラーを通じて人の不安を解消するといったようなことが自分にとっては何よりも大切なこととして残りました。

人によって随分違ってくると思います。限られた中で大切なことを選ぶ作業もいろいろ気づかせてくれます。

何気なく直観で選んだものが最後まで残ったという方もいらっしゃいました。私は最後に母親が残りました。

 

■過去よりも未来よりも今が大切

これから死にゆくとなったとき、今をどうするかに精一杯で、過去も未来も考える余裕などありませんでした。

未来への希望は生きる力になると思います。ただ今回はそれを考える余裕がありませんでした。過去にあったもやもやした思いはどうでもよくなっていました。

過去にとらわれるより、未来に不安をおぼえるより、今を精一杯すすむ。

そんな一見当たり前のセリフが身に染みて実感できました。

 

■一番つらかったことは

自分はもう普通のことができないんだという事実を知ったことです
がんばりようにもがんばれないってこういうことなんだと気づいてショックでした。

 

また再び生まれてみて

ファシリテーターの浦上さんは、「今日は皆さん命日を迎えられて、また誕生日も迎えられました。」とおっしゃいました。

「死の体験旅行」を終え、いつもの状態に戻ると、自分の手放した「大切なもの」はまだ自分の手の中にあり、やりたいことができる時間も体もあることにすごく感謝できました。

私の大切な活動をやりさえすればいいだけの時間をまた与えてもらったのだから、やるしかない。

あとはそれを一日でもながく続けられる健康な体づくりを目指します。心にもストレスを貯めないように。

 

また5年後、10年後にはその大切なものも変わっていると思うので、そのころにはまた受けてみて自分の変化をみてみたいと思います。

 

興味のある方はコチラで

俱生山 なごみ庵 ブログ(ファシリテーター浦上さんのブログです)

 

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